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ホスピス
建築思潮研究所・編
「建築設計資料」
83 ホスピス・緩和ケア病棟掲載

はじめに
 人は生まれた時から、全ての人が死に向かって時間を過ごしている。
いかに豊かな死を迎えるか、死を迎える為の空間はどうあるべきか、
死の哲学は、死の医学は、死後の世界は、などと考えてもなかなか難しい。
 建築家として、人間の生死や生き方などを考える機会は多い。
教会・社寺・納骨堂などの宗教や死後の世界の建築を設計するときはなおさらである。

今回のテーマである病棟建築の中でも、ホスピス・緩和ケアの設計は特にそうである。
残念ながら現在の医学では、がん末期の患者さんは不治の病人であり、
患者さん本人や家族に残された時間は大変貴重な時間である。
私事であるが、幼くして同病で弟を亡くし、悔しさ、無念さでいっぱいの両親や家族の姿を
知る経験を持つ身としては、設計者としての冷静さを時どき失うほどの重いテーマであった。

玄関車寄せ
玄関車寄せ
正面に回転扉が見える。

計画目標・コンセプト
1994年4月、厚生省により、緩和ケア病棟の具備すべき要件と必要な医師および看護婦の
人員、入院料が定められ、計画目標の設定や具体的な建築計画が可能となった。
 院長、理事長、看護部長、事務長など病院関係者と基本的な計画目標を時間をかけて
打ち合わせをした。以前から関心を持ち資料収集をしていたが、参考になる事例や資料も
少ない中で、医学・建築関係図書を集めた。また、がん患者さんのホスピスでの生活記録や
遺族の書かれた介護の記録、ホスピス担当医や看護婦さんの経験談など、ホスピスに関する
書物に目を通し計画の参考にした。
 計画は、可能な限り独立した自由のある豊かな空間を患者さんに提供し、残された時間を
有意義に過ごしてもらいたいと考えた。またそれを支える医療者側のサービスについても
病院全体としてまとまりの中でうまく機能するように計画した。
 当初の計画では、患者さんの精神面の安定を求めて祈りの空間を計画したが、
さまざまな人が使用する施設であるから宗教色のない多目的ホールとした。完成後病院により
カザルスホールと命名され、ピアノ、本棚、図書、テーブル、椅子などが置かれた。
家具を移動して自由に利用出来る空間として多くの患者さんに使用されている。
入口扉は音楽会のような催事に、大音が吹抜け空間により全館に響きわたらないように
防音扉とし、日常生活の上で患者さんに負担にならない程度の力で開閉できる重量の扉とした。

配置計画・ゾーニングなど
この医療センター棟の計画は、患者さんが安心できる規模の診療所を縦に積み重ね、
外来患者さんは1階大型回転扉脇のエレベータホールより、病院内に入らず、

道路(院外交通機関)
に見立てたエレベーターで目的階の診療所にいく動線計画とした。
これは大建築の大病院でなく、小さな独立した空間が人間になじみやすく精神的にも
安心感があると考えたからである。
 各階の構成は、3・4階病棟、5階レディースクリニック、6階健康管理センター、
7階人口透析センター、8・9階緩和ケア、10階レストラン・会議室である。
インテリアも含めて病院くさい雰囲気をなくす計画とした。
 緩和ケア病棟は、特に独立した施設として機能できる空間にしたいと考え、
中央に吹抜けのある二層の空間を用意した。患者さんや外来者は、
8階のエレベータホールより緩和ケア病棟の玄関ホールに向かい、ナースステーション脇にある
受付で手続きをして病棟に入る計画である。中央には広い吹抜けと螺旋階段を設けて上下を
つなぎ、周囲に居室を配置し、まとまりのある大きな家の緩和ケアとした。
9階のエレベーターホールは、入退院する患者さんの荷物や車椅子での移動を考えて設けた。

エレベーターホール
エレベーターホール

周辺環境との協調
計画階が8、9階と高層であるため、窓から多くの自然が残る緑豊かな房総の大地が意識できる
計画とした。東側の部屋からは横に大きく広がる緑の地平線や、美しい朝日の昇る様子が
見られる。西側からは眼下に広がる雪印農場や開発の進む幕張新都心、東京湾の対岸に沈む
夕日の壮大なドラマ、時折見える赤い夕焼けをバックに黒く雄大な富士山の姿などが楽しめる。
 工事中に理事長と浴室湯船のコンクリート縁に腰掛け、東京湾越しに富士山が眺められる
様子を確認した。浴室は赤御影石の浴槽と同材の壁、床は足裏に心地よい感触の石材を採用し、
豊かな時間・空間を味わってもらいたいと考えデザインした。脱衣室は、椅子に腰掛けての
目線を大切にして窓の腰高を計画したが、患者さんに不安を感じさせないように、
特殊な水切りを開発し真下が見えない配慮をした。


富士山の見える浴室

 
平面計画
 
平面計画
主階(8階)中央部に、ナースステーション・医局・診察室・受付
カンファレンスルーム・ボランティアルームなどの医療者側の空間を
設け、周囲に談話室・多目的ホール、上階(9階)に家族控室
患者台所・浴室などの患者スペースを設けている。病室は、
全て個室とし多様な空間を用意して共用部左右の上下階に配置した。
 非難および防災計画は、主階が医療センター棟の8階であるため、
左右の廊下突き当たりに特別避難階段、寝台用エレベーター隣に
非常用エレベーターと広めの附室を設けた。
中央吹抜けは、防火シャッターにより区画し、階段、エレベーター
などの縦穴区画の他、防火扉による水平区画をしている。
 なお、平成8年6月に日本健康センターによる防災評定を
医療センター棟全体で受けている。

設備計画
空調設備は、個々の患者さんの好みでコントロールできる各室個別空調設備とした。
病室は広めの洗面所の他、便所または便器付ユニットバスを設けた。台所は安全を考え
ガスを使用しない電気ヒーターを使用した(医療センター棟全体では都市ガスによるコージェネ
設備を採用している)
 照明は、寿命の長い白熱色ランプを基本とし、病室には柔らかいデザインの照明器具と
ベッドライトにかわるスタンドを用意した。中央吹抜け部の大型コードペンダントは、
電動昇降式を採用し電球交換に備えた。
 ほとんどの設備は、1階防災センターとナースステーションの2ヵ所でコントロールする計画とした。

ダクト、配管、配線などのスペースは、将来の機能変化による改造や、日常のメンテナンスに備えて
集約し広めスペースを確保した。

窓の大きな個室
窓の大きな個室

病室内のしつらい
患者さんや家族にくつろいでもらいたいという理事長の提案により、畳コーナーを幾つかの部屋に設けた。
また、廊下にも畳の縁台風のベンチを設け柔らかい雰囲気の空間とした。
 全体のインテリアは、防災面での内装制限の問題もあるが極力、患者さんに優しい気質形素材の採用や、
和風のイメージのデザインとした。和室の入口扉は、軽量鋼板製の常時閉鎖式引戸の不燃扉を採用し、
和風の小窓を付け、仕上げは木質調のシート貼りとした。
 東側道路斜線によるセットバイクで、9階に細長い東面した病室ができたが、完成後同室に入院された
患者さんに伺うと「大きな東面の二つの窓から朝日が早く入り、明るく眺めが良く気持ちの良い部屋である」
とのことで設計者の心配は外れほっとしている。

共用部分
高層階の空間であるが、優しい雰囲気にしたいと考え、桜フローリングの床や木製の吹抜けまわりの手摺、
白熱照明、暖炉などを採用した。中央にある支柱無しの鉄骨螺旋階段は、木製手摺と木製段板の色調に
合わせたシートで仕上げ、階段全体を木製の螺旋階段に見せている。
暖炉は、薪木を燃やし炎の持つ暖かさやエネルギーを患者さんに感じてもらいたいと計画したが、
消防法上の指導により電気ヒーター暖炉にしたのが残念である。
 他に理事長が、患者さんが落ち着けるようにと民芸調の家具や、ピアノなどの他、近年特に腕をあげ、
各地で撮影された写真パネルを壁面に掲示され患者さんの目を楽しませている。

終わりに
計画して約6年、開設して2年が経過した。
近年ホスピス・緩和ケアが医療関係者の努力や、新聞、雑誌などのマスコミによる情報提供が広く社会に
対しておこなわれ、世間に知られ、特別な空間ではなくなってきた。
 この緩和ケア病棟も、計画時に患者さんのプライバシーや他の病棟からの完全独立を考慮して設置した。
受付カウンターや玄関扉の電気錠の必要が無くなり、現在は使用されておらず、比較的自由に出入りできる
一般病棟となっている。
 緩和ケア・ホスピスが、普通の人間の生活空間として定着してきた嬉しさと人間の命の無常さを感じ、
設計者として複雑な気持ちの安心感をかみしめている。
完成後、初めての緩和ケア・ホスピス新病棟で、新しく組織された医療チームの医師や看護婦さんたちが、
ベテランの水口先生を中心に熱心に患者さんのお世話をされている。
 現在、設計者が計画時に考えた条件と異なり、患者さんは高齢者が多く浴室には手摺が必要となり、
脱衣室入口の階段はスロープに改造された。他に、倉庫や介護用品などの収納スペースが
不足しているようである。

                                    (UCA・都市・建築設計事務所:宇野武夫)

 

山王病院医療センター緩和ケア病棟

山王病院全景航空写真
山王病院全景航空写真
手前に看護学校が見える。
中央に病院。
奥にモンテクローネが見える。

航空写真詳細
航空写真詳細
正面に見えるのが医療センター棟

医療センター棟外観
医療センター棟外観
8・9階にホスピスがある。

生きた教育の場としての死を看取る医学

山王病院緩和ケア病棟長 水口公信

運営上の理念と運営しての感想
がん患者の罹患率が増加し、死亡率が上昇する現状では、終末期がん患者がどのようにして
安らかな死を迎えられるか重要な課題である。
そこでWHOは積極的に身体的、精神的、霊的(スピリチュアル)、心理社会的苦痛を除くべきであると
提案した。しかし現状では終末期のがん患者の苦痛緩和が十分でない。精神的ケアが不足し、
個性が重んじられない状況下にあり、医療面からさまざまな対応がある。その一つは終末期がん患者と
家族を含む入院体制をとるホスピスであり、現在、全国80か所以上の施設が公的に認可された。
ホスピスは一般病棟にない機能、例えば、ハード面では明るい、広く、静かな、温かい環境を有する。
畳、障子など日本家屋の雰囲気、一日中病室の天井を見るのではなく、散歩する庭や広いロビーで
くつろぐ、読書をする、自然に囲まれて、樹木を見ながら、個室で、自分らしく、最後を安らいで過ごす
空間を提供する。またソフト面では料理が作れるキッチン、首まで浸かって温泉気分になる風呂場、
お茶の会、お菓子を食べながら世間話を、音楽会、誕生会など家族、友人と団欒する部屋も望まれる。
できれば、病院らしくない、家族や来客の出入りが何時でも可能、好きなものは自由に持ち込める
機能を有する。
 山王病院緩和ケア病棟の設計はほぼ上の条件を満たす。
入口の玄関には屋久島の縄文杉の巨大な複製画があり、来訪者を迎える。
8階に12床と9階に11床の病棟は回り階段で結び、患者は8階ラウンジのソファーに座り、
時どき通りがかる看護婦と会話を交わし、楽しんでいる。調度品が整い、花や植木鉢や写真など
自分の大切な小物をベッドの側に置くと、病室は居心地のよい雰囲気を醸し出す。
また大浴場から天気の良い日、富士山の姿に出会うと、生きる喜びを感じる。機能面では部屋やトイレの
扉が重く、バリアフリーでない点、入浴に際して車椅子で直接進入できないなど若干の難点がある。

利用患者の入院後の変化
自分の病名や予後を知り、入院する患者は痛み、呼吸が苦しい、腹が張る、だるい、食べられないなど
苦痛を訴えることが多い。これらの苦痛を取り除くことはホスピスでは最も大切な役割である。
そして苦痛が取り除かれると、精神的な悩みを持つ。孤独な旅立ち、寂しさ、気分が沈み、
死に対して恐怖感、いらいらが起こる。
そこで医療者側は十分に時間をとって患者のそばで共感を持って耳を傾け、できれば手を握り、
身近な関係をつくる。また家族や友人との温かな交流によって患者は日々満足した精神状態に回復する。
ホスピスの雰囲気があってはじめて実現する。死が近いことを知り、なお何らかのニーズを求める患者に
よく出会う。子供の頃から童謡が好きだった患者は最後に音楽会を開きたいと望み、酸素吸入をしながら
皆と一緒に歌うことができた。また生涯描き続けた絵画を一冊の画集に纏めたいとの望みをボランティアの
方がたと協力して仕上げた時の喜びはホスピスの場ではじめて可能になる。

病院全体に及ぼす影響
これまでは病院の死はただ単に延命だけを考える医療の中で隠された存在だった。
しかしこの10年間、「ケア」の概念が導入された。苦痛緩和の技術が進み、さらに死を看取ることは
医師や看護婦だけではできない、他科の先生、家族、友人、理学療法、多くのボランティアの方がたの
協力が必要であることが分かった。私たちはホスピスケアを通じて患者やその家族から大切なことを学ぶ。
まさに生きた教育の場が死を看取る医学である。死を看取った私たちの体験は毎月緩和ケア通信を通じて
病院職員の皆さんに送り続けている。若い皆さん、しっかりと人間の死を見つめることは充実した人生を
送る条件になるということを学んで頂きたい。

 
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